ウルムチ−喀什往復乗車記

作者:たぬぱんさん(
中国旅行メーリングリストメンバー)

2005年8月、2度目の渡中にして始めて中国国鉄に乗車できました。ウルムチ−喀什(N946)、喀什−トルファン(N947)で同一路線の往復です。

乗車券は、ウルムチの旅行会社、中青旅新彊国際旅行社にメールとFAX(日本語)を併用して依頼しました。宿泊や現地での車等の手配と同時に依頼しました。列車の手数料は50元、ウルムチ−喀什間は529元で併せて579元×家族4人×往復分でした。もっとも、上段は券面表示上506元なので、日本だったら旅行会社に文句の一つも言いたいところですが、まぁここは手配担当者(兼案内人の女性)の真摯さに免じて細かいことは言わずに・・・と。

ウルムチ空港から車で旅行会社(代金支払い)、駅まで送ってもらい、待合室まで案内していただきました。初めての地で日本語のわかる方と一緒だと心強いですね、でも一方で頼りきりなので自分で何かしよう、と言う気になれないのが玉に瑕ではあります。発車時刻まで2時間近くあったのに、心配なのか会社に帰ることなく、一緒に待っていました。

ウルムチ駅は近代化されています。日本の雑誌で見るウルムチ駅とは一新していたので近年新築したのでしょうか。ただ、漢字とウイグル語の併記はそのままです。近代的な建物でも、ウイグル語を見たり、駅でたたずむ人を眺めていると異境を強く感じます。


さて、発車20分くらい前になると、待合室の中の人もぞろぞろとホームに出て行きます。と、同時にホームには長大編成の列車が烏西方向から入線してきました。ざっと眺めた限りでは20両近く連結されており、進行方向前部から4両硬座、食堂車、軟臥、硬臥の順でほとんどが2階建て車両でした。軟臥も2階建て階下は4人用、2階は2人用、車端部は平屋4人用個室で計算上56人定員(間違っていたら失礼)だったと思います。号車番号を表示し、列車の入り口に立っている女性が何となく華々しさを醸しだし、それが列車の旅立ちの演出をより一層感じさせます。

中国の人々はみんな大きな荷物を抱えていますね。それを持ってホームを歩いて目的の車両に行くので大混雑です。そして売店も多く、のぞいているだけでも楽しくなります。ハミウリがシーズンのようで、購入して列車内で食べたかったのですが、ナイフもないし、ラグビーボール大の大きさでは扱いが困難なのであきらめ、15本くらい西日にあたって暖まっているバナナを購入しました。冷やすという感覚がないのか、陽に当たって暖まる、ということには全く無関心のようです。

さて、反対側のホームに30時間近く走り続けた喀什からの普慢列車が定刻15:46到着すると、こちらの発車時刻(15:51)となり、客車特有のガクンという連結器がぶつかり合う音もなく、スーッといった感じで滑り出すように発車しました。日本ならこれから、チャイムが鳴り延々と停車駅やらの案内が続くところですが、あったのかどうか・・・何せ中国語では何言っているのか全くわかりませんから。


4人だったので、往復ともに階下でした。私としては両側の風景を見たかったので、個室のドアをオープンにしていたのですが、通路を通る人々ほとんどすべてが部屋の中を覗いて行くので、結局ドアを閉めてしまいました。どうして覗いてそれも明らかに顔を中に向けて、行くのは何故なのでしょう・・・。そんなわけで、往復ともに片側の風景しか楽しむことはできませんでした。


風景は雄大だと思います。と言っても、窓も開かないし片側だけなので、読書をするとか、ボーっとして昼寝をするか、カードゲームをするか・・・。個室ではプライバシーは保たれますが、現地の人々との交流などは全く期待できません。旅は道連れ世は情け、なんてことを期待するのならば開放型の寝台とか座席が良いですね。

阿克蘇(アクス)駅ホーム


さすがに経度が日本よりかなり西なので、なかなか暗くなりません。いつまでも昼のようです。何もしないで部屋でボーっとしているだけでも、お腹はすくので、20時過ぎ、隣の食堂車へ行ってみました。メニューは漢字だけ、写真もなくわかるはずもないので、適当に頼みました。料理が一品15〜20元程度。家族4人で料理4皿とご飯を頼んで100元でおつりがきましたから、私の感覚から言えばそんなもんかと。味は可もなく不可もなく、ご飯が少々硬かった程度です。ただ、ビールが往路10元(ぬるい)、復路11元(やや冷え)だったのが不思議。


車のお姉さんが、飲料の空き箱(段ボール)を、列車の小さな窓から押し出すように廃棄していました。紙だからいずれ土には還るでしょうが、少々興ざめ。一生懸命に捨てているきれいなお姉さんの姿に、これも仕事のうちなのか、とつくづく実感。もっとも乗客もカップ麺の入れ物やら何でも外に捨てているようですね。

早朝5時近く、しきりにドアが叩かれるので、目を覚ましてしまいました。寝ぼけ眼で、何?って感じで応対していると、しきりに何か話しているのだけれども、こちらは意味不詳。ただ、そのうち「クチェ、クチェ」だけ聞き取れたので、なるほど庫車で下車するのだと思い起こしにきたのだと理解しました。私が「カシ」と言うと、頷き謝って行ってしまいましたが、乗車券を預けているのに、下車駅を把握していないのかしら、とも思います。

朝食も食堂車へ、と思い何があるのか覗いてみたところ、おかゆメインのブッフェでした。おかず類があまり子供たちの口に合いそうもないので、パス。日本から持ち込んだカップ麺+ウルムチで購入したパンですましました。復路は喀什のスーパーで購入した中国製カップ麺にしましたが、味もなかなかですね。

朝食だか昼食だかわからないまま、気だるさも漂いつつ、時間だけはすぎて行き、所定の14:49、列車は喀什に到着。


そういえば、途中駅で10分以上停車している駅ではホームに降りてぶらぶらしてみました。1日に末端部の喀什付近では2往復しか列車が発着しないにもかかわらず、売店も営業しています。すぐにお金のことしか思い浮かばないのですが、この売り子さんたちは給料いくら貰っているのだろうか、と不思議です。

喀什駅はホーム1面しかありませんが、屋根もないためものすごく開放的です。駅前広場も広く、土地に余裕がなければできない芸当ですね。1日に2本列車が発着するときは大勢の人でにぎわうのでしょうが、他は閑散としているのですかね。ご多分に漏れず、駅は市街地から離れた場所に設置してるため、市街へは車で向かわねばなりません。


3日ほど喀什で過ごし、復路も往路と同じ列車。芸もないのですが、航空機かバスか、もう1本の足の遅い列車の4通りの選択肢の中から、種々検討した結果、結局往復とも同じ列車になった次第。

帰路は、喀什から関西からの日本人ツアー客約30名ほども一緒に乗車しました。喀什駅の待合室(上級用、と言うのでしょうか?)はやや小ぶりで、関西弁が飛び交っており、まるで日本にいるよう。こんな中で寝台券を確保してもらったので、私の依頼した旅行社もなかなか捨てたものではないな、と思います。

チケットの券面が喀什−トルファンではなく、喀什から30kmほど離れた次の停車駅アトシュ−トルファンになっていました。運賃が同じだからOKと現地の案内人が言っていました。喀什駅ではなく、アトシュ駅で購入したようです。喀什駅の改札口では案ずることなくフリーパスでしたが、列車の乗降口でチェックしているお姉さんはしっかりチェックして、なにやら言っていましたが、OK・OKと言いつつ乗り込むとそれ以上は何も言いませんでした。


私が往路に乗車したウルムチからの列車が折り返し、ダイヤ上は約2時間の余裕がありますが、この日はどんな事情かわかりませんが1時間ほど遅れて到着しました。案内人によれば定刻に出発するとのことで、発車30分ほど前には皆、ホームに移動し始めました。乗り込んでみると、まだ清掃中。指定されたベッドは先客が利用したままの状況で、掃除をしている乗務員も、何で乗り込んでくるの?と怪訝かつ迷惑そうな顔をしていました。


ツアー客も食堂車を利用するというので、彼らが食事を終わった頃を見計らって出かけました。食堂車乗務員がてきぱきと席を案内し、外国人とわかると流ちょうな英語でメニューの説明をし、およそ中国人とは思えないような清々しい女性です。ビールも、一応は冷えていましたし。そう言えば、「庫客」と印字してあった楊枝入れが欲しかったなぁ、売り物ではないでしょうが。今更悔やんでもしようがありませんが、売ってと言ってみればよかったです。

ツアー客は深夜の庫車で下車、その後すべてのベッドに別の方が入っていました。中国でも座席・寝台はコンピュータで区間毎に管理しているのでしょうか、それとも下車した後に車内で割り当てているのでしょうか、効率的に運用されています。シーツは交換しているのだろうか・・・?日本では、寝台を中間駅で分割して発売することはありませんが、中国ではそんなこと気にしないのかしら、他人が寝た寝台にそのまま入って寝る、それがまた良きところかもしれませんね。もっとも、始発駅ですらホントに洗ってあるシーツか否かちょっとわかりかねますが・・・。

下車時には乗車券の片隅(バーコード印刷部分)を破かれました。なんとか、きれいなまま記念に持ち帰りたかったのですが、いかんせんなんと言って良いかわからず、大勢の人がいたのでなされるがままでした。こんな時、なんてお願いしたら破かずにもらって来られるのでしょうか?中国に限らず、入場券等を破られることって多々ありますよね。きれいなまま保管したい(特に鉄道の乗車券)のに残念ではあります。一番確実なのは余分に1枚買えばよいのでしょうがね。

復路は、途中のトルファンまで。車内での他の乗客とのふれあいなどはありませんでしたが、かつての日本の鉄道全盛時代を思わせるような、鉄道の繁盛ぶりに一鉄道ファンとして嬉しさを感じました。また、機会があればいろいろと乗車してみたいと思います。

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